急性の呼吸困難

 

 

 

天理よろづ相談所病院

循環器内科    

伊賀幹二

 

Key words:呼吸困難、卒後研修、救急外来

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天理市三島町200

天理よろづ相談所病院

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はじめに

現在、“外傷を除く救急医療の守備範囲”についての明確なコンセンサスはない.私は、初期研修医が習得すべき救急医療とは、気管内挿管下に各種機器をつけるような集中医療ではなく、目前の患者を自分一人で診れるか上級医(専門医)に直ちに相談すべきかの緊急性の判断力を持つこと、および専門医が診るまでの初期治療が可能となることと考えている(1).これを習得目標とすれば、救急医療に対する特別な研修方法はなく、病歴・身体所見の取り方に習熟し、各疾患の自然歴を知っておればほとんどの救急症例に対処できるようになることを先ず強調したい.

急性の呼吸困難

呼吸困難とは患者の主観的な訴えであり、時に胸痛や動悸を呼吸困難として訴える患者もある.症状がどの程度突然に生じたかとの病歴は重要であり、具体的に昨日は、1週間前は、1か月前は、例えば、「病院まで何分で歩いてこれた」を聞いてみる.身体所見ではバイタルサインの変化が重要であり、頻呼吸、頻脈があれば、診察と同時に治療を始める.以下、頸部では内頸静脈の怒張の有無を、心臓では心雑音と奔馬調の有無を、肺野ではrhonchiやcrackleの有無を、末梢血管がすべて触知可能かをすばやくチェックする.

急性の呼吸困難を1週間の経過と拡大定義すると、可能性のある疾患は表1のごとくとなる.同じ訴えであっても、詳しい病歴をとることおよび患者からの多彩な表現を多く経験することによりどの疾患が疑わしいかの見当がついてくる(2).病歴・身体所見に加えて、外来で行える簡単な検査である心電図、胸部レ線、一般血液検査、動脈血ガス分析、断層心エコー図により随時診断が可能である.

間質性肺炎の急性増悪、肺炎、無気肺、自然気胸の診断には胸部レ線がきわめて有用である.胸膜炎を合併した肺炎例では、胸水がみられる前に胸膜痛を訴えることもあり、肋膜痛のため浅い呼吸しかできず呼吸困難と感じることがある.自然気胸例では緊張性気胸に有無の鑑別が大切である.消化管出血を生じたがタール便に気づかず、貧血による頻脈のため呼吸困難を訴える例もある.敗血症の初期や乳酸アシドーシス等の末梢循環不全以外の原因による代謝性アシドーシスを呈する例では、代償性の過呼吸により呼吸困難を訴えることが多い.比較的急性の呼吸困難を呈する可能性がある心タンポナーゼ例では、著明な頚静脈の怒張と奇脈が特徴であり、断層心エコー図はその診断にきわめて有用である.

以下、初期研修医が知っておくべき心エコー図および血液ガス分析の知識と、呼吸困難を呈する代表的疾患を説明する.

心エコー図

断層心エコー図は、心臓の諸断面をとらえることにより、簡便に心臓の形態診断が可能である.初期研修医が習得すべき断層心エコー図所見とは、1.多量の心嚢水、2.大まかな左室壁運動異常(特に前壁中隔)、3.右室負荷、4.大動脈弁と僧帽弁の大きな異常の4つを、自ら発見できることであると考えている.疣贅や僧帽弁逸脱の有無やその細かい部位判定、およびの所見を初期研修医自らが、診断できるようになる必要はない.

心不全を呈する患者において、大きな収縮期雑音があり、心電図等から肥大型閉塞性心筋症か大動脈弁狭窄症の鑑別ができない時、大きな収縮期雑音を伴った急性心筋梗塞例では、ドプラー心エコーにより初めて確定診断が可能となり、急性期の治療方針が決定されることもある.初期研修医はドプラ心エコー図の所見を解釈できることより、その有用性と限界を理解できれようにする事が重要である.

血液ガス分析

血液ガス分析では酸素分圧(PO2)、二酸化炭素分圧(PCO2)、pHの3項目が電極法で測定され、計算によって塩基過剰(BE)求められる.PO2だけではなく、上記の4項目を関連して考えることにより、患者の状態を把握できる.

また、酸素飽和度(Sat)とPO2の関係、酸素含有量の計算方法を理解する必要がある(図1).当然、低酸素血症がなくともヘモグロビンが少ないと組織では低酸素状態となりえる.Room airでは血液に物理的にとけている酸素量は、ヘモグロビンに親和する酸素と比較すると無視できるくらい少ない.

生体は、代謝性アシドーシスに対してPCO2を下降させ、pHを正常に保とうとし、低酸素血症に対して過呼吸で代償しようとする. 例えば、心不全や肺塞栓でPaO2が低下すると、過呼吸によりPaO2を上昇させようとする.それゆえ、心不全や肺塞栓のある時期では、PaCO2が30mmHg前後でPaO2が60mmHg台に保たれることもある.代償しきれずに、末梢循環障害が生じるとBEが負に傾き、ますます過呼吸となる.より進行すると、意識状態が悪化し、低換気となりPaCO2が上昇する.

外来で簡単に測定できる経皮的パルスオキシメータでは、PaCO2が測定できないので、代償的な過呼吸によりPaO2が65mmHg程度に維持できれば酸素飽和度は92%程度になり、Sat値から考えると正常下限と見誤る可能性がある.

急性左心不全

心臓は、末梢組織が必要な心拍出量を出せなければ、左室拡張末期圧を上昇させて必要な心拍出量を保とうとする.左房圧は25〜30mmHgになると、理論的には肺の間質に水分が流出して肺うっ血となる.しかし、時間の因子があり、30mmHgの左房圧が10分持続しても肺うっ血にならなくとも、20〜25mmHgの左房圧が24時間も持続すれば肺うっ血になりえる.

呼吸困難、頻脈、静脈圧の上昇、奔馬調、crackle、がそろえれば、病歴・身体所見から心不全の診断は容易である.非典型例では、胸部レ線が肺うっ血に対して最も敏感な検査である.しかし、両側に病変が及ぶ肺炎との鑑別は、炎症所見の程度が参考にはなるが、経過をみない限り困難であることも多い.また、左室収縮機能が低下しておれば、両方が合併して症状が出現していることもある.

心不全は診断名ではなく症候群であり、その原因により治療法を変えなければならない.心臓以外の心不全増悪因子として、甲状腺機能亢進症、褐色細胞腫、貧血、腎不全、感染症等の存在についても常に考慮する必要がある.高齢者では、多くの因子が重なり心不全となっていることが多く、形態的に正常心臓であっても、発作性頻拍性心房細動が持続すると、容易に心収縮力が低下し心不全になりえる.

拡張型心筋症や陳旧性心筋梗塞による心不全では、左室収縮力が低下しているため、種々の原因による循環血漿量の増大に対して肺うっ血が生じている状態である.この状態では、急性期治療として貯留した水分の除去と左室収縮力を高める薬剤が使用される.多枝病変の狭心症による心不全では、“心筋虚血により左室拡張末期圧が上昇し、その結果、より虚血となり左室拡張末期圧が上昇する”という悪循環が生じる。この場合、心不全の急性期に禁忌であるβ遮断剤の使用が劇的に功を奏することがある.心房細動を伴う僧帽弁狭窄症では、感染症により心拍数が増加すると拡張期時間が減少し、容易に心不全となりえる.この場合は、治療の目的は下熱剤の投与やジギタリス剤による心拍数のコントロールと貯留した水分の除去である.急性の僧帽弁閉鎖不全症や大動脈弁閉鎖不全症では、突然に心不全を生じるが、左房圧または拡張末期圧の上昇および頻脈により、典型的な心雑音を欠く場合がある.また、その場合、細菌性心内膜炎をはじめとする急性の弁膜症を生じさせた基礎疾患を考慮することが大切である.大動脈弁狭窄症による心不全では、機械的狭窄がその原因であるので、少量の利尿剤にて心不全に対処せざるをえない.肥大型(閉塞性)心筋症の患者が心不全を呈すれば、多くの場合は心房細動か左室収縮力低下を合併したときである.心不全が発作性頻拍性心房細動により生じていると考えれば、電気的除細動により洞調律に戻すことが最初に取られるべき治療である.このように、心不全を生じた基礎心疾患の確定診断の重要性はいくら強調しても強調しすぎることはない.

挿管治療が必要か否かの判断に、血液ガス所見が重要であるが、検査データがなくとも、バイタルサインと患者をみた印象からその是非を判断できるようになる必要がある.救急患者においては15分後の患者の状態の予測を立てて、治療が後手に回らないようにすることが肝要である.

肺塞栓

肺塞栓は、突然の呼吸困難で発症することもあれば、1?2カ月で徐々に進行する呼吸困難で発症することもある.心電図は非特異的だが、V2〜4の陰性T波は診断価値がある(図2).断層心エコー図は急性の右室負荷に対して敏感な検査である.長期臥床、下肢の深部静脈血栓、エストロゲン・プロゲステロン製剤の服用、下肢の外傷、膠原病は肺塞栓の危険因子である.動脈血ガス分析は診断に必須であり、過呼吸を伴った低酸素血症を示す.通常は頻脈であるが、ショック状態になり末梢循環不全になるとかえって徐脈傾向になる.右心カテーテルのアプローチは、下肢血栓症を助長させる可能性がある大腿静脈からでなく、上肢の血管か内頚静脈を選択する.肺動脈内の血栓を見る目的であれば、造影CTは有用である.

気管支喘息

気管支喘息は肥満細胞、好酸球、リンパ球等が関与する気道の慢性炎症で、可逆的な気道狭窄と気道過敏性を伴う疾患と定義される.通常は、喘息の病歴がある患者が、急に呼吸困難を生じ、聴診でrhonchiが聴取され、肺うっ血のない胸部レ線であることがその特徴である.重症になればrhonchiは消失する.ピークフローメーターは簡単に外来で施行できる検査であり、喘息の重症度評価に有用である.喘息の素因があれば、感染により気管支喘息が生じることがある.逆に喘息の病歴のない高齢者が急に喘鳴を訴えれば、心臓喘息を鑑別に考える必要もある.

過呼吸症候群

突然に呼吸困難を生じ、過去に同じような症状があったという病歴から、経験のつんだ医師なら簡単に診断が可能である.しかし、過呼吸を呈する他の疾患を除外するため、初期研修医であるうちは、典型的な過呼吸症候群であってもPaO2が上昇しBEが正常範囲でPaCO2が下降していることを動脈ガス分析により確認することが大切である.過呼吸にも関わらず、PaO2が正常以下なら、過呼吸症候群ではない.

文献

1. 伊賀幹二:研修医の目標とすべき救急医療。 JIM 1998;8;162-163

2.  伊賀幹二、八田和大、西村 理、今中孝信、楠川禮造:胸痛鑑別診断学習における診断が確定している患者からの病歴再聴取の効果。 医学教育1997:28;41-44

図1

PO2が60mmHgでSatは90%であり、PO2がこれ以上に下降すると、急速にSatが低下する.体温、PCO2、pHともに正常状態という仮定であれば、PO2が40mmHgでSatは75%、PO2が27mmHgでSatは50%である.この3点は記憶しておく.ヘモグロビン1gは1.34mlの酸素と親和するため、ヘモグロビンを13g/dlとすると、PO2が100mmHgでSatが100%であれば、酸素含有量は1.34x13x100/100=17.4ml/dlとなる.正常の肺動脈(混合静脈血)のPO2は40mmHgであり、酸素含有量の動静脈較差は4.4ml/dlである.

 

図2

1週間の経過で徐々に進行する呼吸困難で来院した48才女性の、発症から10日目の心電図である.V1〜V3の陰性T波が急性右室負荷の一つの特徴である.V1で不完全右脚ブロックがみられる.

急性の呼吸困難を呈する可能性のある疾患(表1)

左心不全

頻拍性不整脈

高度の徐脈性不整脈

狭心症・心筋梗塞

肺塞栓

解離性動脈瘤

心タンポナーデ

間質性肺炎の急性増悪

(肋膜炎を伴う)肺炎

無気肺

気管支喘息

自然気胸

代謝性アシドーシス

消化管出血による貧血

過呼吸症候